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一番弱いのは、子供たちなのです。放射線から守らなくては!
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2011年07月01日 18時25分
子ども達の福島県外への疎開をすすめています

私にとっての生きがいは、まさに子供たちが心身ともに結構な大人になってもらうことでした。その道しるべとして自然の豊かな福島県の先人達が残した文化や自然、とくに野外教育においては里山の重要性を福島県の子供たちに繰り返し力説してきました。

その私が、同じ子供たちに福島県外への避難をすすめなくてはならないとは。それでもいろいろな人々(特に楽天カード審査ガイドの運営者様本当にご配慮ありがとう)が勇気づけてくれアドバイスをしてくれます。そして気づいたのです。守るべきものは、けっして多くありません。

子ども達の命、つまり未来です。

そのためには、私はすべてを捨てます。

私の愛した里山が滅びようとも何千年か後には必ず、私たちが福島県外へ逃した子供たちの子孫が必ずや里山を復活させてくれるでしょう。

今は、声を大にして言いたい。福島県が、広島や長崎の二の舞になってもらっては困ります。私たちの親の世代にはあった結婚の差別を福島の子供たちには味あわせたくはない。

広島の苦しさを間近で子ども時代に見た私だから。
カテゴリー:日記




2011年03月12日 17時25分
東日本大震災そして福島第一原発の事故にに遭遇しました
なんということでしょう。たくさんの友人そして大切な子ども達を失う羽目になってしまいました。

しまいには福島第一原発の事故によって私の愛してきた東北の自然・風土・歴史・文化・民族性は、放射性物質まみれになりこれから何百年もの間、福島などこれらの地域に住人々にとってかえって野外教育は体に悪いこと。忌むべきこととして認識されるなんて。

どこがクリーンエネルギーなんでしょう。子供たちを甲状腺がんの危険にさらしておいてなにが「直ちに健康に影響はない」でしょう。じゃあ後から健康に影響が出ても政府は関係ないのか。立証できなければ、法的に罰せられなければ何をやってもいいのか。管直人首相、枝野幸男官房長官に人間の心はないのか。ほんとうにひどすぎる。
カテゴリー:日記




2011年02月03日 03時25分
レンタルサーバーを変更することにしました
インターネットについて私の理解は、非常に低いです。ドメインを取得することもレンタルサーバーを借りることも一人ではできないことを告白しなければなりません。

あまりの不器用さに友人が見るに見かねて、手伝ってくれました。ホームページの制作、インターネットの住所であるドメインの取得、インターネットに登録するためのサーバー、サーバーについては友人の容量が空いているということで善意で使用貸借してくれました。

しかし、このドメインが前の所有者の方の時代にペナルティを受けている可能性があるとわかり、迷惑がかかっては申し訳ないと思い、5時間の格闘を得て自分で契約したレンタルサーバーに登録することができました。

少し大人でなくおじいちゃんになった気持ちです。若い人には、やはり新しい分野ではついていけませんね。

今日はこれくらいにしておきます。友人からはペナルティが解除されない場合、ここに書いた原稿は全部破棄しないといけないとアドバイスを受けました。

それはけっこうつらいことです。
カテゴリー:日記





2010年09月10日 22時40分
野外授業で一番気を付ける点
それは子供たちの安全性です。

街中と違い野外特に森や湖でのレクリエイションは、想定外のできごとにしばしみまわれます。もちろん、それがいい意味のであれば問題はないのですが。時に、非常な危険性に遭遇することがあります。

その危険性については、おいおい詳しく記述するとして、忘れてはならないのはこのレクリエイションはあくまで教育だということです。子どもたちにとって学ぶべき多くのものがそこにあります。しかし、参加した子ども達の一人だけでもケガをしたり、病気になってしまうとしたら、子供たちにとって得るもの以上に失わせてしまうとしたら、これは単なる悲劇です。本来、野外授業が目指すべきは、自然の持つ多様性に触れ、人間ばかりとなった街の生活では感じ得ない喜びや命の不思議を感じる、いわば感性を人間性を充実させることが究極の目標にあるはずです。

これは仮にですが、あなたの子供時代たとえば遠足などで友人がケガや病気で亡くなったら、どう思ったでしょうか?自然という未知との遭遇を喜ぶ思い出以上に、自然が持つ脅威を必要以上に怖がる大人になりかねません。自然が持つ脅威を、子ども達は、知的に理解する必要はあります。しかし、体験する必要な完全にないのです。

自然嫌いの大人たちを作る。そうならないために私たち監督する立場の人々は肝に命じなければなりません。大きな事故や悲報の、ほとんどすべては私たち監督者の甘い判断から来ています。

浜名湖の野外学習において、中学一年生の女の子がお亡くなりになった2009年冬の出来事。命を懸けてまで、行わなければいけないミッションだったのでしょうか。

忘れてはならないのは、これらの悲劇の際、監督者自身の命が奪われることは、稀です。たいていは、貴い子供たちの命がです。私たちは忘れてはならないのです、私たちの限界と、子ども達の限界には大人と子供という大きな違いがある、判断力や体力、教育者はそれを重々理解したうえで歩むべきなのです。

私たち大人における安全性ではなく、もっと壊れやすい子ども達においても安全であることを。
カテゴリー:お知らせ


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